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東京地方裁判所 平成4年(ワ)7889号 判決

原告

甲野春子

右訴訟代理人弁護士

吉木徹

被告

医療法人財団乙川会

右代表者理事長

乙川一郎

被告

乙川一郎

右両名訴訟代理人弁護士

高田利廣

主文

一  被告らは、原告に対し、各自四五六万八九四七円及びこれに対する昭和六三年七月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決第一項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

被告らは、原告に対し、各自金三七七五万八九九六円及びこれに対する昭和六三年七月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、被告の医療法人が経営する病院で被告の医師によって子宮全摘出の手術を受けた原告が、被告の医師には膀胱壁に縫合糸をかけた過失、膀胱頂部を腹壁に縫合した過失、開腹縦切開創の閉鎖縫合に際しての不適切かつ不十分な縫合の過失があったとして、被告の医師に対しては不法行為による損害賠償を求めるとともに、被告の医療法人に対しては準委任契約(診療契約)の履行補助者でありかつ被用者である被告の医師の過失を理由とする債務不履行に基づく損害賠償又は民法七一五条の使用者責任に基づく損害賠償を求めた事案である。

二  判断の前提となる事実

1(一)  原告は、昭和八年一二月六日に生まれ、昭和六〇年一二月から入院患者の身の回りの世話を行う付添婦の仕事に従事していた。

(二)  被告医療法人財団乙川会(以下「被告乙川会」という。)は産科・婦人科専門の丙山病院を経営する医療法人で、被告乙川一郎(以下「被告乙川」という。)は被告乙川会の理事長であり、丙山病院の院長である。

2(一)  原告は、昭和六一年一〇月ころから、下腹部痛、腰痛さらに排尿痛を感じるようになり、特に生理時に強い痛みを感じ、昭和六三年四月には腰部、下腹部に激痛を覚えたため、他の病院で診察を受けた後、同年五月二七日、丙山病院で被告乙川の診察を受けた。被告乙川の診断は、直径約一〇センチメートル程度(鵞鳥卵大)の子宮筋腫というものだった。

(二)  原告は、勤務中に激痛とともにかなりの量の不正出血があったため、昭和六三年七月一九日、丙山病院で被告乙川の執刀により子宮の腹式単純全摘出手術及び右卵巣摘出手術(以下「本件手術」という。)を受け、子宮及び右卵巣を摘出した後、八月三日に丙山病院を退院した。

3(一)  本件手術によって、原告の腰痛、下腹部痛、排尿痛といった手術前の症状はなくなったが、下腹部のあたりが上下に引っ張られる(つれる)ような感じがするようになったので、原告は、被告乙川にこのことを訴えたが、被告乙川は特別な処置をしなかった。

(二)  原告は、被告乙川の了解を得たことから、昭和六三年九月から付添婦の仕事を再開した。

4(一)  本件手術後の下腹部のつれ、頻尿、排尿時の激痛等を訴えて、原告は、平成元年五月一一日、葛飾区内の塩田産婦人科病院(以下「塩田病院」という。)で診察を受けた。

(二)  原告は、平成元年五月一八日、塩田病院において、本件手術後の体内の様子を見、必要な措置をとるため開腹手術(以下「塩田第一手術」という。)を受けた。

5  平成元年八月中旬ころから、原告は、手術の腹創あたりが痛みだし、腹部全体が膨張し始めたため、同年九月一一日、再び塩田病院にて受診し、同月一七日塩田病院に入院し、翌一八日に、腹壁瘢痕ヘルニアの剥離・縫合のための手術(以下「塩田第二手術」という。)を受け、同年一〇月一六日退院した。

6(一)  塩田第二手術の後、原告の症状は落ちついていたが、原告は、平成三年一月ころから再び腹部が痛むと訴えるようになり、塩田医師と相談の結果、埼玉医科大学形成外科で診察を受け、さらに同形成外科の紹介により同三年三月一九日、東京大学医学部付属病院(以下「東大病院」という。)形成外科において診察を受けた。

(二)  原告は、平成三年六月一二日、東大病院形成外科に入院し、同年六月一四日、左右大腿筋膜を腹壁に補強する手術(以下「東大病院手術」という。)を受けた。

原告は、同年六月二七日、同病院を退院し、現在に至っている。

三  争点及び争点についての当事者の主張

1  被告乙川の過失の有無

(一) 原告の主張

(1) 膀胱子宮窩腹膜切開部の縫合に際して、膀胱壁に接した腹膜に縫合糸をかけた過失

被告乙川は、本件手術中、膀胱子宮窩腹膜切開部の縫合に際しては、その切開端で縫合し他の場所に縫合糸をかけないようにすべき注意義務があったのにこれを怠り、その切開端で縫合せずその切開端より約五センチメートル上の膀胱壁上に接している腹膜部分に縫合糸をかけ、もって右注意義務に違反したものである。

(2) 膀胱頂部を腹壁に縫合した過失

被告乙川は、本件手術の開腹時に腹膜を十分に切開し、かつ、膀胱表面の腹膜前脂肪織・寛粗な結諦織層の剥離を十分に行い膀胱頂部を十分下方に剥離して、腹膜縫合に際して膀胱頂部を縫合しないように注意すべき義務があったのにこれを怠り、右切開・剥離を十分に行わず、腹膜縫合に際して膀胱頂部を縫合し、もって右注意義務に違反したものである。

(3) 開腹縦切開創の閉鎖縫合に際しての過失

被告乙川は、開腹縦切開創の閉鎖縫合に際して、腹膜、筋膜等の縫合を細心の注意をもって行い、術後に癒着・欠損等の障害が生じないよう注意すべき義務があったのにこれを怠り、右縫合を細心の注意をもって行わず、壁側腹膜縫合部に網膜及び小腸の癒着、腱膜(筋膜)縫合部表面の皮下組織等に瘢痕様小陥没等の障害を生ぜしめ、もって右注意義務に違反したものである。

(二) 被告の主張

(1) 膀胱壁に接した腹膜に縫合糸をかけた過失について

丙山病院では、手術前に留置カテーテルを膀胱に挿入し、術後三日目に抜去するので術中に尿が膀胱に充満することは全くないので膀胱壁を見間違うことはない。したがって、膀胱子宮窩腹膜の際、膀胱壁に接した腹膜に縫合糸をかけてしまうようなことは全くない。

仮に膀胱に縫合糸がかかれば、直ちに血尿となるのが通例であるが、本件では術中、術後を通じて血尿など一切認められていない。

(2) 膀胱頂部を腹壁に縫合した過失について

丙山病院では、腹壁縫合に際しては、腹壁と筋膜は、それぞれ別個に縫合しており、筋膜は腹直筋の上で筋膜のみを縫合するのであるし、術前に留置カテーテルを挿置しているから術中に膀胱が膨満するようなことはないので膀胱壁を見間違うことはない。したがって、腹膜、筋膜縫合に際し膀胱頂部を縫合するようなことはありえない。

仮に膀胱を縫合した場合には、直ちに血尿が現れるが、本件では血尿は認められていない。

2  本件手術後塩田第一手術前の下腹部のつれ、頻尿、排尿時の激痛等の症状の有無及び本件手術における被告乙川の過失との因果関係の有無

(一) 原告の主張

(1) 本件手術後、原告は、下腹部がつれる感じを覚えるようになり、昭和六三年九月付添婦の仕事再開後、以前にも増して疲労感を覚えるようになり、また、その後も下腹部のつれはおさまらず、勤務中に激痛が走ることもあった。

平成元年二月ころになると、原告は、頻尿となり、排尿時に針を刺すような痛みを感じるようになり、完全に排尿が終わるとこの痛みはおさまった。あまりの激痛に、排尿を途中で止めることもあった。

原告の下腹部のつれ、頻尿、排尿時の激痛は、その後も続き、平成元年五月八日から一〇日には、原告に大量の不正出血があった。

(2) 本件手術後、原告に生じた右の下腹部のつれ、頻尿、排尿時の激痛、不正出血の症状は、その症状の出た時期、その症状の内容等からしても、更に、塩田第一手術後速やかにこれらの症状が消失したことからしても、被告乙川の前記1、(一)、(1)及び(2)の膀胱壁に接した腹膜に縫合糸をかけた過失及び膀胱頂部を腹壁に縫合した過失から生じたものである。

(二) 被告の主張

自律神経失調症、神経症の患者は、自覚症状が多大であることが多く、本件でも、原告の本件手術後の下腹部のつれ等の症状は、心因性のものであると考えられる。

また、原告の排尿時の痛み等の症状があったとしても、その症状は、本件手術の半年後に生じたものであるから、そのような症状と本件手術との間に因果関係はない。

3  塩田第一手術後塩田第二手術前にあらわれた腹部皮下組織筋層の欠損陥没の症状の有無及び被告乙川の過失との因果関係の有無

(一) 原告の主張

(1) 原告が塩田第二手術を受ける直前の平成元年九月一一日ころ、塩田病院で受診した際、原告の腹部皮下組織筋層には、小児手拳大の欠損陥没の症状が認められた。

(2) 右の症状は、被告乙川が本件手術により生じさせた腱膜(筋膜)の損傷及び欠損部から発生して拡大したもので、本件手術の開腹縦切開創の縫合が不十分であったため皮下組織が弱くなっていたことがその根本的原因と考えられるので、被告乙川の前記一、(一)、(3)の開腹縦切開創の閉鎖縫合に際しての不適切かつ不十分な縫合の過失(以下「本件縫合関係過失」という。)によるものというべきである。

(二) 被告の主張

本件手術は、細心の注意をもって実施されたもので、腹創の縫合も現在の術式で過去一万例をこすが、術後に癒合不全やヘルニアを起こした例はない。

再開腹の場合には、前回手術の瘢痕を大きく切除しすぎることによって癒合不全を起こすことがあり、原告の腹壁瘢痕、筋膜瘢痕等があったのであれば、それは塩田第一手術の際の筋膜縫合の癒合不全によるものであり、本件手術とは無関係である。

4  東大病院手術前の腹壁弛緩症と本件縫合関係過失との因果関係の有無

(一) 原告の主張

東大病院手術前の平成三年三月一九日、東大病院形成外科における診察で原告には腹壁ヘルニアの疑いと腹壁弛緩症が認められたが、これは、本件手術の縫合不全によって筋膜が弱くなっていたことと、本件手術に問題があったために原告が短期間に塩田病院で二回の開腹手術を受けざるを得なかったことが原因となって生じたものである。したがって、原告の腹壁弛緩症と被告の本件縫合関係過失の間には因果関係がある。

(二) 被告の主張

本件手術には何ら問題はなかったのだから、原告に腹壁弛緩症が生じたとしても、その原因は専ら塩田医師の手術にあるというべきである。

5  原告の後遺障害の有無とその程度、内容(障害等級)

(一) 原告の主張

(1) 原告は、平成三年三月一九日、腹壁弛緩症について、自然治癒の可能性がないとの診断を受け、また、同年六月一四日、腹壁弛緩症の治療のために東大病院で左右大腿筋膜移植手術を受け、その結果左右大腿部に痛みが生じているが、東大病院手術は、本件手術によって生じた腹壁弛緩が自然治癒の可能性がなく、腹壁を補強する目的で行われたものであるから、原告の両足大腿部の右の症状も、本件手術によって生じた後遺症であるというべきである。

(2) 原告は、これらの症状のため、入院患者の身体を抱き起こしたり持ち上げたりする付添婦の仕事に従事することが不可能となっているから、原告の右後遺症は、後遺障害別等級表(自動車損害賠償保障法施行令第二条別表)の第七級五号に相当する。

(二) 被告の主張

原告に腹壁弛緩症が生じたとしても、被告の本件手術とは無関係なものであり、したがって、原告の東大病院手術も本件手術とは無関係である。

6  損害

(一) 原告の主張

(1) 休業損害 六八八万三七八九円

原告は、本件手術を受けた当時は、付添婦の仕事に従事していたものであるが、本件手術後に大量の不正出血により倒れた平成元年五月一〇日の翌日以降今日に至るまで付添婦の仕事に従事することができなくなった。

原告が肉体的に重労働である付添婦の仕事に復帰することが確定的に不可能となったのは、遅くとも東大病院において腹壁の自然治癒が不可能と診断された平成三年三月一九日であるから、平成元年五月一一日から平成三年三月一八日までが休業期間となる。

原告は、本件手術後、付添婦の仕事を再開した昭和六三年九月一四日から平成元年五月一〇日までの間の原告の付添婦としての就労状況は別紙就労状況表記載のとおりである。

これによれば、原告の一日当たりの平均(実質)収入額は一万二六八二円であり、これを基に右休業期間中の休業損害を算定すると、原告の受けた休業損害の額は六八八万三七八九円である。

(2) 治療費

① 塩田病院における治療費

八四万三三二六円

② 東大病院における治療費等

一七万二九〇八円

③健康保険組合からの保険給付金(控除分) 一五万七五四四円

④差額合計額 八五万八六九〇円

(3) 通院交通費 三万七二三〇円

原告は、本件手術後、塩田病院及び東大病院等に通院して治療を受けており、その通院交通費として少なくとも三万七二三〇円を支出している。

(4) 弁護士費用

原告は、本件訴訟を提起するにあたり、原告訴訟代理人と訴訟委任契約を締結し、着手金四〇万円、報酬金については、弁護士会の定める報酬等基準規定を参考として支払う旨約した。

右規定を基にすれば、被告らの負担すべき弁護士費用の額は三〇〇万円が相当である。

(5) 後遺症による逸失利益

一五九七万九二八七円

① 原告は、本件手術当時、入院患者の付添婦の仕事に従事し、別紙就労状況表〈省略〉記載のとおり、三五九万一五四二円の平均年間収入を得ていた。

② 原告の後遺症は、後遺障害別等級表(自動車損害賠償保障法施行令第二条別表)の第七級五号に相当し、労働能力の喪失率は五六パーセントである。

症状固定時(平成三年三月一九日)の原告の年齢は五七歳であり、就労可能な満六七歳(平成一三年一二月)まで一〇年間付添婦として勤務することが可能であったのであり、右労働能力喪失期間に対応する新ホフマン係数は7.9449となる。

よって、前記年間収入三五九万一五四二円を基に、原告の逸失利益を算出すると、以下のとおり、一五九七万九二八七円になる。

359万1542円×労働能力喪失率56%×新ホフマン係数7.9449=1597万9287円

(6) 慰謝料 一一〇〇万円

① 入通院等による慰謝料

本件手術の過失により生じた排尿等の激痛・下腹部痛等の各症状及び本件手術後、三回にも及ぶ手術及び入退院の繰り返しにより受けた原告の肉体的精神的苦痛は重いものであり、これに対する慰謝料の額としては、六〇〇万円が相当である。

②後遺症による慰謝料

原告は、夫を亡くしているため、可能な限り高収入の得られる付添婦の仕事に従事して、現在の生活費はもとより、老後の生活費の蓄えを得ようと考えていた。しかし、本件手術による後遺症により付添婦の仕事に従事することが不可能となり、また、今までの蓄えも生活費、入通院費等により使い果たし、現在は長男に経済的負担をかけており、将来の生活に対する不安は大きく、これに対する慰謝料の額としては五〇〇万円が相当である。

(二) 被告の主張

(1) 被告には過失がないのだから、原告の損害の主張はすべて争う。

(2) 仮に、被告に過失があったとしても、原告の塩田第一手術後の症状は塩田医師の手術や原告の体質なども起因して発生したものであり、これらの事情は原告側の過失と同視されるべきことがらであるから、損害額算定にあたり斟酌されるべきである。

第三  判断

一  証拠甲一ないし四、一五ないし一九、二〇の1ないし8、二一の1、2、二二の1ないし4、二三ないし三〇、三四の1、2、乙一、二、四、五、証人塩田光男、同朝戸裕貴、原告、被告乙川一郎)及び弁論の全趣旨によると、以下の事実が認められる。

1  本件手術を受けるまでの経緯

(一) 原告は、昭和六一年一〇月ころから、下腹部痛、腰痛さらに排尿痛を感じるようになり特に生理時に強い痛みを感じた。

昭和六三年四月には腰部、下腹部に激痛を覚えたため、墨田区内の中央診療所において診察を受けたところ、子宮筋腫との診断を受け、その後、世田谷区内にある国立第二病院で診察を受けたところ、そこでも子宮筋腫との診断を受けたが、筋腫はそれほど大きなものではなかったため、手術をしないで様子を見ることになった。

(二) 昭和六三年五月二七日、原告は丙山病院で最初の診察を受け、その際の担当医師であった被告乙川に、出血、生理痛、腰痛、排尿痛の症状があること、他の病院での診察が子宮筋腫であったことを話し、被告乙川は、鵞鳥卵大、すなわち直径約一〇センチメートル程度の子宮筋腫と診断したが、大きな筋腫とはいえないので、しばらく様子をみることとした。(乙一)

(三) 昭和六三年六月三日、原告が腹部の痛みを訴えて丙山病院で診察を受けた結果、原告は子宮全摘出手術を受けることになった。このとき、被告乙川は、原告には自律神経失調症あるいはその疑いがあるということ、子宮を摘出したとしても原告の腰痛、下腹部痛等の症状が残るかもしれない旨の説明は、特にしなかった。

(四) 原告は、同年六月下旬から七月上旬に不正出血があり、同月一〇日ころにもかなりの量の不正出血があったため、同月一三日に丙山病院で診察を受け、その結果、子宮全摘出手術を速やかに行うことになり、同月一八日に丙山病院に入院した。

2  本件手術から丙山病院退院までの経緯

(一) 原告は、昭和六三年七月一九日、被告乙川の執刀により、子宮全摘出手術を受けた。

被告乙川は、以下の手順で右手術を行った。すなわち、まず、腹部の皮膚を縦切開し、皮下脂肪を切開し、腹直筋を排除して、腹膜を出した。腹膜を縦切開し、膀胱がでたところで、膀胱頂部を下げ、腹膜(腹壁腹膜)から膀胱を剥離した。膀胱を剥離した後、二センチメートルほど腹膜の切開を進めた。そして、子宮を支える基じん帯等を切断した。その後、膀胱子宮窩腹膜を横切断して、膀胱の底部と子宮の頚部を剥離した。このとき、被告乙川は、直腸子宮窩腹膜は特に切開しなかった。

このようにして子宮を剥離して、膣壁を切断して子宮を摘出した。子宮摘出後は、骨盤腹膜から縫合をはじめ、膀胱子宮窩腹膜にあたる部分と直腸子宮窩腹膜を縫合し、腹膜(腹壁腹膜)、筋膜を縫合した。被告乙川は、原告に留置カテーテルを行って、手術中に、膀胱内に尿がたまらないようにした。

本件手術は約五〇分で終了し、その間の輸液総量は七五〇ミリリットルであった。(乙一)

(二) 手術直前には、原告には腰痛、下腹部痛、生理時の痛みという症状があったが、手術によって、これらの症状は一時的に消えた。

しかし、原告は、手術後、臍の下四、五センチメートルあたりの腹部が重く、中の方に引っ張られるような痛み(腹部のつれ)を感じるようになったので、原告は、手術後三日目になって、回診に来た被告乙川に腹部のつれを伝えたが、被告乙川は手術して日が浅いための痛みであり、日数の経過によって治ると言うだけであった。

(三) 原告は同年八月三日に退院したが、その時も腹部のつれはあった。

(四) 原告が、同月三〇日に丙山病院に行った際にも腹部のつれはあったが、被告乙川が付添婦の仕事を再開してもよいと言ったので、原告は同年九月一〇日から仕事を再開した。

3  塩田病院で受診するまでの経緯

(一) 原告が仕事を再開した後、腹部の痛みがひどくなったので、昭和六三年九月二六日、原告は丙山病院に行ったが、被告乙川は、心配ないと言うだけで、なぜそのような痛みが生じるのかという説明はしなかった。

(二) その後も、原告が仕事をしていると、腹部がつれるような感じがし、腹部と膣の痛みもおさまらず、平成元年二月ころから、原告には排尿痛、頻尿の症状が現れた。排尿時の痛みは、その後だんだん激しくなり、針で刺すような痛みが排尿が終わるまで続くようになった。尿を催す間隔は相当頻繁であり、排尿時に激痛で、排尿を途中で止めることもあった。

4  塩田病院での診察

(一) 平成元年五月一〇日、原告に大量の不正出血があり、勤務先の病院で倒れたので、翌一一日、原告は塩田病院で診察を受けた。塩田医師は、原告が頻尿を訴えたため、膀胱炎を疑い、尿検査を行ったが、尿蛋白も白血球も認められなかったため、膀胱炎の疑いはないと診断した(甲二七、二三)

(二) 同月一三日、原告は、塩田病院で診察を受けたが、夜七時ころからのたうち回るような下腹部の激しい痛みがあったので、夜一〇時ころ、再び塩田病院に行き、そのまま入院した。

(三) 塩田医師は、原告の尿検査を再び行ったが、膀胱炎の菌は検出されなかったため、原告には膀胱炎の疑いがなくなり、原告の排尿痛や頻尿の原因が全くわからなかったため、原告と相談のうえ、開腹手術をすることにした。

5  塩田第一手術の実施

(一) 平成元年五月一八日、原告は、塩田第一手術を受けた。

この手術の際、以下の異常が認められた。すなわち、原告の皮膚に小陥没、瘢痕があり、皮下脂肪にも、小陥没、瘢痕があった。また、本来であれば、腹膜の下にあるはずの網膜が腹膜の上にあって筋膜にまで達しており、手術創上部で腹膜には網膜・小腸が癒着していた。更に、手術創下部では筋膜に癒着が生じていた上、通常は平滑であるはずの膀胱壁には、膀胱子宮窩腹膜切開端から約五センチメートル上方に、横に瘢痕様隆起(ひだ)があり、この瘢痕様隆起は直腸子宮窩腹膜と縫合した縫合線に一致しており、かつ、膀胱頂部が通常の場合より上方(臍方向)で腹膜と癒着していた。

塩田医師は、臍の下から腹部の皮膚を縦切開し、筋膜、腹膜を切開し、壁側腹壁から癒着していた網膜・小腸を剥離し、膀胱頂部を腹膜から剥離し、さらに、癒着していた筋膜を下方に向かって切開し、本件手術で縫合されていた腔断端を開き、膣断端を切断し直して再びクロミックで縫合し、膀胱子宮窩腹膜を縫合し、腹壁腹膜、筋膜をそれぞれ縫合した。

塩田医師は、塩田第一手術開始後、原告の腹壁の瘢痕の様子からすると、後になって原告及びその家族に原告の腹腔内の状況及び塩田第一手術の様子を説明する必要があると考え、手術の様子をビデオで撮影した。

(二) 塩田第一手術の後、原告の排尿痛、頻尿、腹部の痛みといった症状はなくなった。

(三) 原告は平成元年六月一〇日に塩田病院を退院して自宅で療養していたが、自宅には看護してくれる者がいなかったことから、同月二〇日から再び塩田病院に入院し、一週間ほどして退院した。

6  塩田第二手術の実施

(一) 平成元年八月半ばころから、原告は、手術の跡が痛み、腹部が膨れるようになったので、同年九月一七日、塩田病院に三回目の入院をした。

塩田医師は、原告がその体格、年齢からもともと筋膜が弱かった上に、本件手術跡の癒着によって原告の筋膜に劣化脆弱が起こり腹壁瘢痕ヘルニアが発生したと診断し、再度手術を行うことにした。

(二) 原告は、同月一八日、塩田第二手術を受けた。

このとき、ヘルニアは塩田第一手術でできた切創の上端を中心に、上下約一〇センチメートルほどの手拳大の大きさにわたって認められた。これは筋膜が断裂して欠損したために腹膜が上に上がってきたのが原因であった。

塩田医師は、臍の上から腹部の皮膚を縦切開し、腹膜と筋膜が癒着していたのを剥離しながら筋膜を切開し、筋膜をよせて縫合しようとしたが、筋膜が断裂していてよせるのが困難であったことから、腹膜の緊張を増加させるために、腹膜を切開し、腹壁をよせて縫合した。そして、筋肉をよせて腹直筋がよるようにして、その後、筋膜をよせて縫合した。

塩田第二手術終了後、塩田医師は、原告の筋膜がすっかり弱っていたため再度ヘルニアが発生するおそれを持った。

(三) 塩田第二手術後数カ月静養する間、原告の腹部の痛みはなくなったが、その後、原告は、平成三年一月ころから再び腹部の膨満感を持ったので、塩田医師の助言で、埼玉医科大学形成外科で診察を受けた。

7  東大病院手術の実施

(一) 平成三年三月一九日、原告は、埼玉医科大学形成外科教授の紹介により東大病院の形成外科で診察を受けた。同大学の波利井教授が原告を診察したが、原告が腹部の膨張と痛みを訴えており、腹壁瘢痕ヘルニアの疑いがあったことから、六月に開腹手術を行うことを決めた。

(二) 原告は、同年六月一二日に東大病院に入院し、同月一四日、朝戸裕貴医師(以下「朝戸医師」という。)の執刀で東大病院手術を受けた。

この手術では、朝戸医師は皮膚から順に切開し、肥厚性瘢痕の部分を切除し、筋膜、腹直筋を剥離していった。この手術によって、原告にはヘルニア門が存在しないこと、すなわち腹壁瘢痕ヘルニアが認められないこと、原告の筋膜には瘢痕はあるが腹直筋前鞘が温存されていることがわかり、朝戸医師は、原告は、腹膜、腹直筋、筋膜が腹直筋の存在する範囲で弛緩するという腹壁弛緩症であると診断した。

朝戸医師は、原告が腹部に力が入らないことを訴えており、その腹壁弛緩症の自然治癒の可能性がないと認められたことから、この手術で、腹壁を補強するために左右大腿部筋肉を横一〇センチメートル、縦二〇センチメートル切り取って、腹壁に移植した。

(三) 東大病院手術の後、原告にはしばらく腹部の突っ張り感があったが、移植手術の傷が落ち着くにしたがって、それは少なくなった。現在では、腹部の痛みはほとんどなくなり、時々突っ張り感とピリピリした痛みがある程度である。また、腹部の筋膜を補強した結果、腹部は日常生活に差し支えない程度に力をいれられるようになった。

しかし、筋膜を移植した大腿部は鉛を張り付けられたように重く、上下に引っ張られるような痛みがあって、重いものが持てない状態である。

二1  右一、5の認定に対し、被告らは、塩田第一手術を撮影したビデオテープの塩田医師の説明があらかじめ用意されたものであるなどと主張して、塩田医師の証言の信用力を争うが、塩田医師は、塩田第一手術の実施に至るまで、原告、被告とも何らの利害関係はなかったのであるし、塩田第一手術を撮影したビデオテープ(甲二九)における塩田医師の説明についてもことさら不自然な点は認められないのであって、ビデオテープにおける塩田医師の説明及び同医師の証言は信用できるものといえる。

2  また、同じく前記一、5の認定に対し、被告らは、被告乙川は、本件手術に当たって、膀胱に留置カテーテルを入れて尿が膀胱にたまらないようにしていたのであり、あるいは本件手術時に原告には血尿がなかったのであるから、被告乙川が膀胱頂部を腹壁に縫合したり、本件手術の膀胱子宮窩腹膜切開部の縫合に当たって、同切端部より約五センチメートル上の膀胱上の腹膜で縫合したりしたことはありえない旨主張する。

しかし、塩田医師の証言によると、留置カテーテルを使用していたとしても、輸液の量やカテーテルの位置によって、膀胱内に尿が若干たまることはあり得ると認められるので、被告乙川が本件手術中に留置カテーテルを使用していたことのゆえをもって膀胱壁の見間違いが絶対に生じないとはいえないし、また、膀胱は、腹膜、筋膜、粘膜で覆われており(甲一六)、膀胱上の腹膜に縫合糸をかけたとしても、それが必ずしも血尿になるわけではないから、血尿が見られなかったことも膀胱を縫合したことがなかったことの証左とすることができない(しかも、本件手術後である七月二九日の丙山病院における尿検査の結果(乙一)によると、原告の尿中には赤血球が七から八(顕微鏡の毎一視野ごとにみえる赤血球の数)で通常より多いことが認められる。)。

三  争点1(被告乙川の過失の有無)について

前記一の認定事実に基づいて検討するに、前記一、5認定のとおり、塩田第一手術時においては、腹膜の下にあるはずの網膜が腹膜の上にあって筋膜にまで達し、通常は平滑であるはずの膀胱壁には、膀胱子宮窩腹膜切開端から約五センチメートル上方に、横に瘢痕様隆起(ひだ)があり、この瘢痕様隆起は直腸子宮窩腹膜と縫合した縫合線に一致しており、膀胱頂部が通常の場合より上方(臍方向)で腹膜と癒着していたのである。

これらの症状は、その内容と時期からみて、本件手術における被告乙川の措置によって発生したものというほかなく、したがって、右の認定事実からすると、被告乙川は、本件手術の際、膀胱子宮窩腹膜切開部の縫合に当たり、同切端部より約五センチメートル上の膀胱上の腹膜で縫合したこと、腹膜縫合に際して膀胱頂部を縫合したこと、腹膜を縫合する際に、網膜が出てきているのにそのまま縫い合わせて、網膜と小腸を腹膜に癒着させ、筋膜にも癒着を生ぜしめたことを推認することができ、他にこの推認を妨げる事実を認めるべき証拠はない。そして、被告乙川の右認定の行為は、いずれも、それぞれ医師として通常要求される注意義務を怠った過失によるといわざるを得ない。

ちなみに、開腹手術の後、腹膜に網膜、小腸が癒着することは一般的にあり得るが、本件手術の結果においては、本来ならば腹壁の下にある網膜が腹膜の上に上がっていたのであるから、このような状況で生じた原告の腹部の癒着は、一般的な癒着の域にとどまるものとは到底いえない。

したがって、被告乙川には、原告主張の過失が認められる。

四  争点2(本件手術後塩田第一手術前の下腹部のつれ、頻尿、排尿時の激痛等の症状の有無及び被告乙川の過失との因果関係の有無)について

1 前記三認定のとおり、被告乙川は、本件手術の際膀胱子宮窩腹膜切開部の縫合に当たり、同切端部より約五センチメートル上の膀胱上の腹膜で縫合し、腹膜縫合に際して膀胱頂部を縫合したものであり、また、前記一、2から4までに認定したように、原告は本件手術直後から臍の下四、五センチメートルあたりの腹部が重く、中の方に引っ張られるような痛み(腹部のつれ)を感じるようになっており、本件手術から半年ほど経った平成元年二月ころには、原告は頻尿となり、排尿時に針を刺すような激痛を感じるようになったのみならず、塩田第一手術直前には大量の不正出血があり、他方で膀胱炎の疑いもなかったのであるところ、原告の膀胱は腹膜に引っ張られている状態になっており、尿がたまって膀胱が膨張してくると特に引っ張られて緊張してくるから、頻尿や排尿時の激痛という症状があっても不自然ではないし、これらの症状が本件手術後に発生し、かつ、前記一、5、(二)のとおり、塩田第一手術後は治癒したことを考え合わせると、前記三認定の被告乙川の過失と原告の下腹部のつれ、頻尿、排尿時の激痛等の症状の間には因果関係があるといわざるを得ない。

2(一)  被告らは、自律神経失調症、神経症の患者は、自覚症状が多大であることが多く、本件でも原告の下腹部のつれ等の症状は心因性のものであると主張する。

しかし、原告が自律神経失調症又は神経症であると認定できるまでの証拠がないばかりか、原告の症状は右にみたようにそれなりの合理的説明が可能なものであるから、被告らの右主張は採用できない。

(二)  また、被告らは、原告が頻尿、排尿時の痛み等を訴えるようになったのは、本件手術の半年後であることから、本件手術と原告のそのような症状との間には因果関係がない旨主張する。

しかし、前記のように、原告は本件手術直後から腹部のつれを訴えており、塩田第一手術時に、原告の膀胱頂部が上方に引っ張られるように癒着していたのであり、これらの癒着を解消した塩田第一手術後には、原告の頻尿、排尿痛等がなく、一方、前記一認定のように本件手術以外に原告の頻尿、排尿痛等を生じさせる原因が認められないことを考慮すると、被告らの右主張も採用することができない。

五  争点3(塩田第一手術後塩田第二手術前の原告の腹部皮下組織筋層の欠損陥没の症状の有無及び被告乙川の過失との因果関係)について

1 前記一6(二)のとおり、原告には塩田第二手術前、塩田第一手術できた切創の上端を中心に、上下約一〇センチメートルほどの手拳大の大きさにわたって腹壁瘢痕ヘルニアが認められ、筋膜が断裂したために腹膜が上に上がってきていたのであり、すなわち、原告の腹部皮下組織筋層も欠損陥没の症状が生じていたものであるが、この症状は、塩田第一手術が被告乙川の本件手術における前記認定の過失による行為が原因となって実施せざるを得なかったものであるから、右症状と被告乙川の過失との間には因果関係があるといわなければならない。

そして、塩田医師の診断にあるように、原告がもともと筋膜が弱かった等の原告自身の素因も右症状の発症原因として競合していることが認められるが、この点は、後記の判断のとおり、過失相殺の法理の類推による損害減額の事由として考慮するのが相当である。

2  なお、被告らは、再開腹手術の場合には、前回手術の瘢痕切除を大きく行いすぎることによって癒合不全を起こすことがあり、原告の腹壁瘢痕等は、塩田第一手術の際の腹壁の縫合の癒合不全によるものであり、本件手術とは無関係である旨主張するが、塩田医師の証言によると、塩田医師は塩田第一手術の際、原告の筋膜の切除を行っていないことが認められるので、被告らの右主張は採用できない。

六  争点4(東大病院手術前の腹壁弛緩症と本件縫合関係過失との因果関係の有無)について

1  前記一、7の認定のように、原告は、東大病院の朝戸医師によって、腹壁弛緩症との診断を受けたのであるが、朝戸医師の証言によると、一般に、腹壁弛緩症は、外傷、加齢、個人的資質等によって腹壁の筋肉の力が弱くなるために発生するものであるところ、原告の腹壁弛緩症の原因としては、原告が身長の割に体重が重いという体形であることや年齢等原告の個人的素因が一番大きなものと見られること、原告が腹部縦切開手術を数回受けたことにより原告の腹部に生じた瘢痕はしっかりした瘢痕であり、この強度という点では一般的なものであって、縫合部分の周囲の横組織に強度の緊張がかかった状態が生じていなかったことが認められる。

2 右の認定事実からすると、原告の腹壁弛緩症の原因は、原告の体型、年齢などの個人的な素因が主たるものであり、数回の腹部縦切開手術を受けたことも何らかの影響をしているとは考えられるものの、それが腹壁弛緩症の原因であるとまでは認められず、したがって、原告の腹壁弛緩症と本件手術との間との因果関係もこれを認めることができず、他に原告の腹壁弛緩症と本件手術との因果関係を認めるに足りる証拠はない。

七  争点5(原告の後遺障害の有無とその内容等)について

原告には両足大腿部の痛み等の障害が認められるが、これは、腹壁弛緩症の手術のために発生したものであり、右六の認定判断のように原告の腹壁弛緩症自体が本件手術との因果関係が認められないので、原告の右の障害についても本件手術との因果関係がないものというほかはない。

八  争点6(原告の損害)について

証拠(甲五の1ないし46、六の1ないし18、一二の1、2、一四の1、2、原告本人)及び弁論の全趣旨によると、原告の損害額は、以下のとおりと認められる。

1  塩田第一手術までのもの

(一) 塩田第一手術に関する治療費

塩田第一手術に関する治療費は総額三五万〇四五一円であると認められる。(甲六の1ないし5)

(二) 休業損害

(1) 原告は、本件手術後の平成元年五月一〇日に不正出血により倒れ、原告に腹壁瘢痕ヘルニアが発生したと認められる同年八月二〇日までは本件手術の過誤による症状を治療した塩田第一手術のために従前の付添婦の仕事に従事できなくなった。

(2) 原告の昭和六三年九月一四日から平成元年五月一〇日までの間の付添婦としての就労状況は別紙就労状況一覧表〈省略〉記載のとおり認められる。(甲五の1ないし46)

したがって、原告の一日当たりの平均(実質)収入額は一万二六八二円(二三五万八八九八円÷一八六日)である。

(3) 以上からすると、原告の平成元年五月一〇日から同年八月二〇日までの休業損害は一〇一万六五七六円と認められる。

(計算式)

一万二六八二円×一〇三日×一八六日÷二三九日=一〇一万六五七六円(一円未満切り捨て)

(三) 慰謝料

本件手術における被告乙川の過失により下腹部のつれ、頻尿、排尿時の激痛等の症状があり、その結果として塩田第一手術を受けざるを得なかったなど諸般の事情に照らすと、塩田第一手術までの慰謝料としては一〇〇万円が相当である。

(四) 合計 二三六万七〇二七円

2  塩田第二手術に関するもの

前記認定のとおり、塩田第二手術は、原告の腹壁瘢痕ヘルニアの手術であり、原告に腹壁瘢痕ヘルニアの症状が出たのは、平成元年八月二〇日であり、また、原告は、塩田第二手術の後数カ月静養する間腹部の痛みがなくなり、その後再び腹部の膨満感を持っているものの、この腹部の膨満感は腹壁弛緩症による症状と考えられるので、塩田第二手術の数カ月後すなわち平成二年三月一八日までの期間が、塩田第二手術による腹壁瘢痕ヘルニアの治療に要した期間と認めるのが相当である。

したがって、塩田第二手術に関する損害の算定についても、平成元年八月二〇日から平成二年三月一八日までを基礎とする。

(一) 塩田第二手術に関する治療費

塩田第二手術に関する治療費は総額三三万七五四〇円であると認められる。(甲六の6ないし18)

(二) 通院交通費 三六七〇円

原告が塩田第二手術に関する通院治療を受けた際に利用したタクシー代は、原告の当時の症状から見ると本件手術と相当因果関係を有するものであって、その総額は三六七〇円であると認められる。(甲一四の1、2)

(三) 休業損害

原告は、平成元年八月二一日から平成二年三月一八日までは腹壁瘢痕ヘルニアのために、従前の付添婦の仕事に従事できなくなった。

したがって、原告の休業損害は二〇七万二六三一円と認められる。

(計算式)

一万二六八二円×二一〇日×一八六日÷二三九日=二〇七万二六三一円(一円未満切り捨て)

(四) 慰謝料

原告に腹壁瘢痕ヘルニアが発症し、塩田第二手術を受けたことなど諸般の事情に照らし、塩田第二手術に関する慰謝料は一〇〇万円が相当である。

(五) 過失相殺

以上の原告の塩田第二手術に関する損害は、三四一万三八四一円と認められるが、原告に腹壁瘢痕ヘルニアが発症したことについては、原告が前記認定のとおりもともと筋膜が弱かった等の素因も競合的に寄与しているから、この原告自身の素因を過失相殺の法理の類推による損害の減額事由として考慮斟酌することとして、右損害の五〇パーセントを減額するのが相当である。

したがって、原告の損害は一七〇万六九二〇円(一円未満切り捨て)となる。

(六) 損害の填補

原告は塩田第二手術に関する医療費について保険給付金五〇〇〇円を受けているので、これを原告の損害額に填補する。(甲一二の1、2)

3  弁護士費用

弁論の全趣旨からすると、本件で原告が本訴提起及び追行を弁護士に委任し、報酬の支払を約したことは明らかであり、本件事案の難易、審理経過、本訴認容額等諸般の事情を考慮すると、被告乙川の過失と相当因果関係にある弁護士費用に係る損害の額は、五〇万円が相当と認められる。

4  合計額 四五六万八九四七円

九  以上の次第で、原告の被告らに対する本訴請求は、四五六万八九四七円及びこれに対する本件不法行為の日である昭和六三年七月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから、右限度でこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の点については民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行宣言については同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官雛形要松 裁判官永野圧彦 裁判官真鍋美穂子)

別紙就労状況表・就労状況一覧表〈省略〉

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